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就任早々、周囲の反対を押し切って金利の引き上げを断行し、ブラック・マンデーを招来し、失点ばかりが目立っていた。
そんなGに降りかかった最大の試練は、八九年に発覚した貯蓄貸付組合問題だった。
貯蓄貸付組合(S&L)とは住宅ローンのために発達した米国独特の金融機関だが、金利の上昇によって逆ザヤ(つまり現在の金利が貸し出したときの金利を上回ってしまって損失を被る事態)が生じるようになっていた。
そこでL政権は、貯蓄貸付組合に商業銀行に認められていない債券や不動産への投資を許可して救済を試みた。
これは規制を甘くして貯蓄貸付組合に一息つかせ、破綻を回避して国民の生活に影響がでないようにとの特別措置だった。
ところが、さらに破綻した場合に政府の保証まで付けたものだから、これが裏目に出て、一千二百四十六億ドルもの公的資金がつぎ込まれた空前の不良債権事件を引き起こすことになる。
針のむしろに座らされたG当時、ジャンク債が急速に発達して、企業買収などの資金に使われるようになっていた。
その名のとおりジャンク(くず)債は、信用の低い企業のくずのような社債を、法外な高利回りで投機目的に買わせるものだ。
このジャンク債を用いれば安く買収した破綻寸前の貯蓄貸付組合に、あたかも資産があるように見せかけることができた。
「再建した」貯蓄貸付組合を通じて乱脈融資を行ない、うまくいけば億万長者、破綻したら政府に保証してもらうという手口を、アメリカの野心家たちに考えるなと言うほうが無理だっただろう。
この手口を極限まで使ったのが、Kという男である。
金融ビジネスで多少の経験を持つKは、八二年にリンカーン貯蓄貸付組合を買収したが、八八年自分の会社が、桃色大理石で装飾された五百八十室もある総工費三億ドルのホテルを建てたさいにも、リンカーン貯蓄貸付組合に融資させた(T「L効果」カンサス大学出版)。
このホテルでは夜な夜な華麗なパーティが開かれ、政界の大物からハリウッドのスターまでが招待されたといわれる。
もちろんKは後に逮捕されたが、宇宙飛行士から上院議員となった超有名人のGレンも彼の客の一人で、GはKから二十三万四千ドルの献金を一受けていたことが分かつている。
FRB議長であるGは、同じような事件のため全国の貯蓄貸付組合に積もりに積もった不良債権の解決を図る、当局のアドバイザリー・ボード(顧問委員会)に招聘されたものの、彼にとっては「針のむしろ」の始まりだった。
Gは、実は、民間のコンサルタントだった八五年、ある法律事務所の依頼で、事もあろうにこのリンカーン貯蓄貸付組合の経営状態についてのリポートを書き、「活気があり健全」とのお墨付きを与えてしまっていたのだ。
リンカーン貯蓄貸付組合の新経営者、およびその親会社であるACの経営者は、直接投資の選択と実施において習熟かつ練達の域にある。
新経営者は、主に着実で高利率な直接投資についての専門的な選択によって、高い純利を維持し、活気があり健全な経営状態を強化している。
Gは、ほとんど何も調べていなかったのだ。
もちろん、このリポートの存在はすぐに発覚した。
Gは何はともあれ防戦に努めねばならなかった。
ニューヨーク・タイムズ紙の取材に対しては、次のように答えている。
リンカーンの職員に最初に会ったとき、彼らは、自分たちがしていることについて知っている、道理をわきまえた常識的な人たちだとの印象を一受けました。
もちろん、私は実際に起こったことを見通すことが出来なかったことを恥じています。
私はリンカーンについて見誤った。
彼らが最終的に何をするか、そして、彼らが最終的に起こす事件について見誤ったのです。
日米総裁の対応の違いここで、われらの日銀総裁が、国会で行った答弁と比較してみるのも無意味ではないかもしれない。
しかし、この種の弁解というのは似たり寄ったりで、そこにオリジナリティを見出すことは難しい。
ふだんは、自らに予想能力や洞察力があるかのように振舞わねばならない中央銀行総裁も、自らの過誤については、人間の予想能力や洞察力には限りがあることを強調するだけのことである。
Gにとって、問題はこれだけに留まらなかった。
先にあげたG以外にも、Kから献金をうけていた上院議員は五人いて、そのなかでも有力者のMの代理人は、困ったことにMインを弁護するためGが書いたリポートを繰り返し引用した。
Mは十一万二千ドルの献金を一受けていたといわれるが、Gもリンカーン貯蓄貸付組合にコンサルティングを行って、三万ドルから四万ドルの御礼を受け取っていたという噂が絶えなかった(M「Gー貨幣の後見人」出版)とはいえ、アメリカ司法省がGの罪を追及することはなかった。
他の政治家たちに比べて甘いとの批判もあったが、これは当然のことといえるだろう。
Gが、リンカーン貯蓄貸付組合を「活気があり健全」と判断したのも、同組合から礼金を受け取ったのも、それは民間のコンサルタントとしてのものだったからだ。
この点、F総裁が、民間のF通総研理事長としてMファンドに一千万円を投資したのは、たとえ「激励」のためであっても「利殖」のためであっても、何の問題もないといえる。
ただし、この先の二人の対応はかなり異なっていた。
ブラインド・トラストは世界の常識しばしば報道されたように、米連邦準備制度理事会(FRB)は、関係者に資産公開の義務を負わせ、また、預金取り扱い金融機関の株式を保有することを許さず、さらに、金融政策決定前一週間の有価証券売買を禁止している。
Gは、八七年にFRB議長に就任して以来、いっさいの株式を手放し、金利に敏感な長期国債についても保有を自制していたという。
これは、内規以上の自制を行っているわけで、民間時代の迂闊さと比較して、きわめて慎重な姿勢だといえる。
これに比べて残念ながらわれらのF総裁は、就任以降もMファンドに投資を続け、株式も保有しつづけた。
しかもこれは既に指摘したように、「世間から、かなりとも疑念を抱かれることが予想される場合」に「個人的利殖行為」を禁じた内規に照らしても、あまりにきわどい行為だったといえよう。
それだけではない。
必ずしも海外が正しいというわけではないが、F総裁のMファンド投資が報道された直後の、欧米マスコミの反応を簡単に見ておこう。
まず、英経済週刊誌「Eコノミスト」二○○六年六月十七日号は、「Fの失策」と名づけた記事で「驚いたことには、中央銀行の総裁ともあろうものが、就任を前に自分の投資をブラインド・トラストに委ねる義務がなかったというのである」と指摘した。
この「ブラインド・トラスト」とは、金融資産を自分の判断が及ばない第三者に移すことをいい、たとえば保有株式を信託会社などに全面的に委託してしまうわけである。
また、二○○六年六月十六日付の英経済紙「F」も「ミスター・Fのいいわけ」と題した記事を掲載して、日銀のルールは「他の経済大国の中央銀行や政府の要人が、厳しい資産公開や「ブラインド・トラスト」を要求されるのに比べて、お粗末といわざるをえない」と呆れている。
さらに、二○○六年六月十八日付の「I・H・T」には、ブルームバーグ・ニュースのBが寄稿して、次のように述べた。
「私の個人的な疑問はずっと素朴なものだ。
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